2013/08/14

前のエントリーで、カンヌの主要受賞作を貼りつけましたが、
今年のカンヌに傾向についても一言。

僕は今年カンヌに行っていないので、あの現場独特の熱気から離れて、
すこし客観的、無責任な視点からにはなりますが。

今年のカンヌに関するどの説明でも、今年のキィワードはsocial goodということになっています。
social good、ざっくり言えば、社会をよくするメッセージや活動をもったキャンペーンが
多く評価されたということです。

その象徴がdump way to dieであったり、コカコーラsmall world machinesであったり
フィリピンのTXYBKS / Smart Communicationsだったりするわけです。

DUMP WAYS TO DIE

small world machines

TXYBKS / Smart Communications

菅付さんが「中身化する社会」で指摘する通り、
SNSが広がった今では、広告によるイメージ操作によって
その商品、ブランドそのものからかけ離れたブランド像を抱かせること自体が
難しくなっています。「そんなの、うそじゃん」とすぐばれてしまうからです。

だからこそ中身がシビアに問われる世界になったというのが
菅付さんの見立てで、僕もそれにアグリーなのですが、
SNSの影響として、もう一点この本で指摘されていることが
「人も、企業も正しくふるまわざるをえなくなった」ということ。
今回のブログのテーマにつながります。
SNSによって、嘘はバレるし、悪評はすぐに広がってしまうようになったことで
「人も、企業も正しくふるまわざるをえなくなった」ということがあります。

正しくふるまうのはいいけど、それって広告的に効果あるの?
そりゃ、もちろん正しい方がいいけど、それってCSRの領域で広告とは
ちょっと位相が違う話なんじゃないの?という疑問。
言い換えると、社会的に正しいふるまいが「広告」になるか、という問い。

答えはYES。それが今年のカンヌが出した結論だったと思うのです。

SNS時代には、そのメディア露出での一次接触者だけでなく、SNS経由での認知や拡散こそが
キャンペーン成否のキモになるので
フィルム部門でも、インテグレート部門でも、PR部門でもなんでも、
「~の結果、SNSでこれだけ拡散した」という結論をもっていないと評価されない。
じゃあ、どういうものがSNS拡散力を持つのか。

ここ数年は
オモシロイ=「やっぱり、面白いものが拡散するよね」
アタラシイ=「やっぱり、新しい技術を使ったものが話題になるよね」
という視点のもと、いくつものキャンペーンがつくられてきました。それはそれで正解。
それに加えて「世の中のためになるいい話って、SNSで拡散するよね」という

Social(SNS) likes good

というプラットフォームインサイトを発見したのが今年のカンヌという言い方もできるかと思います。

タダシイ=「社会的に正しいものって、人に広げたくなるね」 
という視点がオモシロイとアタラシイの他に視点のラインナップに加わったのです。

ただ、それをうけて考えてしまうのは、(social goodはもちろん肯定するとしても)
クリエイティブがますます「モノを売る」ことから離れていきやしないかということ。
SNS拡散とか、態度変容とかって、事故防止キャンペーンとかコカコーラクラスのメガブランドには
大切な視点だけど、モノを売ることに直接寄与するものではないので。

広告の未来、クリエイティビティの評価のものさしを指し示すカンヌが、こっちを志向するとすると
クリエイティブとマーケティングが別居から離婚へと進んでしまうのでは、ともやもやとした危惧
が湧きあがってきてしまいます。

そんな深刻なことでなく、カンヌに詳しい某氏は「今年のカンヌは低調だった」とも言っていたので、
単にそれだけのことかもしれませんが。

なんか、そんなことを考えた、カンヌ報告会でした。

http://www.isobekoki.com/planning/2071

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